「明快はずなのに・・」と思う人が伝わらない理由

プレゼンテーションやストーリーティングや鼻歌でも私たちは知らないうちに呪いをかけられていることがあります。この呪いは「知識の呪い」です。この「知識の呪い」のせいで、優れた聴衆は、賢いスピーカーがまるで宇宙人が話しているように聞こえるのです。

なんの鼻歌なのかが分からない

鼻歌を例に挙げましょう。鼻歌は非常にシンプルです。誰でも鼻歌ができます。例えば、私が好きなJ-popを鼻歌で熱演します。しかし奥さんの正解率は50%未満です。自分が間違っていないかどうか録音して確認しますが、メロディーは間違っていません。実は鼻声の時に私しか聞こえない心の中にいるオーケストラも演奏しています。彼女は勿論それが聞こえないので、私から見ると明快な鼻歌は彼女にとって謎そのものです。しかもポップ曲なら、4コードで構成される曲が多いため、余計に彼女を混乱させます。逆に当たるのは凄いことです。

上記の例は、プレゼンとどのような関係があるでしょうか。説明する時や経験を語る時に自分しか知らないことを無意識に想定してしまう傾向があります。鼻歌の場合では、聴衆は私の心の中にあるオーケストラが聞こえると思い込んでしまうことです。そして「呪い」の厄介なところは、プレゼンする人はそのようなことを想定することすら気づいていないのです。終わったら、「あれ、明快はずなのになんでわかってくれなかったの?」とびっくりする結末に遭遇してしまいます。私たちが考える「自然」・「シンプル」なことは、別の人から見ると全く違う内容になります。

「知識の呪い」の2面性

「知識の呪い」の問題は大きく二つに分けられます。一つ目はスピーカーの「常識」と、聴衆の「常識」とが噛み合ってない場合です。スピーカーはその常識を意識していますが、「皆さんはXと思っている」と思い込んでしまいます。残念ながら、全員は「X」と思ってないです。「Y」と思っている人もいます。二つ目はあるスキルや分野の専門性が増し、聴衆が何をわからないのかがわからない状態に落ちいります。さらに、別の聴衆は違う知識を持っていて、ギャップが生じます。1と2は似ているものと思いますが、もっとく詳しく理解するため次の例で考えてみましょう。

あなたの「常識」は彼の「非常識」

例1:物を同じ場所に必ず置く習慣付けの重要性について

通帳を忘れて取りに戻る時間がもったいないという話をするとします。但し、聴衆がアメリカ人のみであれば、「通帳」そのものはアメリカ人に通じません。なぜなら、アメリカでは通帳は存在しないのです。見た目がわからない、使い方もわからない。なぜ取りに戻らないといけないのかも分からないのです。

「空気」と同じぐらいよくあるものでも、人によっては全く異なります。リスはアメリカ人にとってどこでも見られるものですが、日本人はおそらく動物園でしか見たことがないかもしれません。

天才か?2流か?どちらから習う?

例2:ピアノの先生を選ぶことができたら天才のモーツァルトか、2流のサリエリどちらにしますか?

モーツァルトを選択されたでしょうか? そうなら、当然の選択です。誰でも最高の人から習いたいものです。

残念ながら、天才は「上手に弾ける」事を意識しないのです。それを意識しなければ、生徒に教えるのは厳しいでしょう。一方、サリエリはウィーンで有名なピアニストではありませんが、「上手に弾く」事を意識できますし、生徒と同じ目線で音を聴くことができるし、生徒の考えを耳で聞く事もできます。彼は生徒と同じ立場に立つことができ、実力は生徒とそんなにかけ離れてないのです。

これは、学習の4段階にヒントがあります。

学習の4段階

学習の4段階とは、

  1. 無意識の有能
  2. 有意識の有能
  3. 有意識の無能
  4. 無意識の無能        です。

モーツァルトは1です。サリエリは2です。生徒はほとんど3です。これは単純に○か×で評価できません。スキルの一部は2でもあり、残りは 1でもあり得ます。

例えば、車の運転なら、全ての手の動きや判断に意識をしているでしょうか?多分そうではないと思います。単純に行きたいところに行っていると思います。それでは、富士スピードウェイで運転ができますか?相当集中すればできるかもしれません。あなたとレース選手との大きな差は、運転スキルだけではないのです。大きな差は、そのスキルが自動化や無意識化されているかです。

日本の職人さんが技術を弟子に教えられない理由の根本もここにあると考えます。職人はスキルを習得し、無意識に使っています。どうやってCからBになるか考えることは難しく、背中をみて習うスタイルにたどり着きました。弟子はとにかく、職人を観察し、分析し、盗み学んだ結果を試す事になります。

自分自身は職人や天才とは思いませんが、自分の人生の専門家であります。聴衆はあなたが訪ねた全てのところに行ってないです。あなたが経験した全ての経験をしてないです。同じような人生経験もしていないです。だから、聴衆があなたを理解しない事は当然です。

「知識の呪い」を意識したとしても、意識し過ぎに注意が必要です。つまり、「This is a pen」という簡単すぎるレベルにしたら、上から目線に聞こえてしまいます。中学1年生レベルの内容を取り上げると聴衆が嫌がり、聞きたくなくなります。聴衆の知識レベルにあわせましょう。高すぎない、低すぎない程度に。

代理を探そう!

そういわれてもいったいそれはどうやればよいの?と思うでしょう。さまざまな方法がありますが、スペースの関係上、今回はひとつに絞ります。

一番簡単な方法は聴衆の代理を探すことです。医者の前でプレゼンをするなら、医者もしくは似たような仕事している人を捕まえてその人の前でプレゼンをします。その人からフィードバックをもらいます。身振り・手振りなどの話術についてフィードバックはこの段階では、要求しなくても大丈夫です。聞きたい内容は以下のような感じです。

  • 知らない単語がありましたか?それはどんな単語ですか?
  • 想像しにくいところはどんなところでしたか?
  • どこかに情報が足りないと感じましたか?どんな情報がほしいですか?
  • 聞いたときに、どんな質問が出てきましたか?
  • 自分の経験に沿わない部分はどんな部分ですか? などです。

もし、フィードバックをもらうなら、事前に相手へ質問を知らせましょう。なぜならば、その瞬間の思いや感情を忘れてしまう可能性がありますから。

フィードバックをもらったあとに、単純に足らない情報を足すだけの作業は控えましょう。そうしないと、スピーチ自体が長くなり、複雑になります。聴衆の集中力がなくなります。聴衆が最低限わかる情報量にしておきましょう。上記を数回を繰り返して、良いバランスが取れるまでやってもよいかもしれません。

まとめ

鼻歌だろうがスピーチだろうが、「知識の呪い」はいつも近くにいます。ただ、「呪い」は必要ではありません。この「呪い」と戦ううちに他人ともっと共感が得られるようになり、理解されるようになります。あなたのスピーチや文章もさらに明快になります。もしかすると、池上彰氏のように解説できる人になるかもしれません。

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